- 修道院の創立 -


 1891年(明治24) 4月17日 函館教区発足 A. ベルリオズ初代司教
       1896年 (明治29) 11月21日 創立修道院開院式
新修道院は、 付近の葛登志灯台 に因み、「灯台の聖母修道院」と命名された。
     1897年 創立修道院長 D. ジュラール・プゥイエ (仏国ブリックベック修道院の副院長)着任。
      司祭2名、助祭1名を含む9名が欧州とカナダから来ている。


1900年(明治33)D. ジュラール・プゥイエ, 日本に帰化し、岡田普理衛と名乗る。

 創立当時は、石だらけの荒野であり、痩せた土地での農地開拓であった。
 
 
 




 




 ・ 1903年(明治36) 3月29日 台所より火災発生し、建物焼失。
   タスシス助修士、開通後まもないシベリア鉄道を使い、オランダから
   ホルスタイン種5頭を連れて帰院。道南の酪農の始まり。


・ 1907年(明治40) 5月15日 修道院本館定礎式 
・ 1908年(明治41)  レンガの本館の竣工、祝別式。聖堂内と聖廊下に十字架の道行を設置。
・ 1911年(明治44)  ルルド落成祝別式 

・ 1917年~ 1920年
1920-21920-2

バター工場の様子                           バター製造のための冬の氷づくり


・ 1920年(大正9) 初代修院長・岡田普理衛は三木露風の講師就任を要請した。露風は5月末に、なか夫人を同伴して着任した。本館下の当別教会に並ぶ土地に露風宅があった。
  1922年 復活祭に露風夫妻は岡田普理衛修道院長の司式で受洗、「赤とんぼ」や「野ばら」は当別で書かれた。
Rhohu

・ 1935年(昭和10) 当別修道院が、大修道院に昇格される。 初代・大修道院長は D.ベネディクト(1936年)

1940
  1937年にできた現在の食堂 (食事中は沈黙し手話で意思疎通)

 -- 手話は中世シトー会によって最初に作られたものです。

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